FOCUS ON BRAVEKINGS

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【2025-26 #6】パウエル・パチコフスキー選手インタビュー「運命を変えた突然の電話 和を重んじる男が目指す約束の優勝」

 

 パウエル・パチコフスキー選手のインタビューが決まった数日後、「早めに質問案をいただけませんか」とチームから依頼があった。「できるだけ日本語で答えたいから」、事前に準備をするためだという。

 

 「はじめまして、パウエル・パチコフスキーです」

 「日本語、お上手ですね」

 「いえいえ、まだまだです」

 

 謙遜をも自在に使いこなす、パチコフスキー選手は加入2年目。ブレイヴキングス刈谷初の外国人選手だ。1年目はリーグHベストセブンにも輝いた。加入するまでのキャリアや日本での生活、チーム初の17連勝を続ける今シーズンについて、日本語と英語を取り混ぜながらじっくりと話を聞いた。

 

 

―パチコフスキー選手の出身地であるポーランドは、ハンドボールの人気がとても高いと聞きました

 

パチコフスキー:おそらく国内で6、7番目くらいに人気です。一番人気はサッカー。続いてバレーボール。スキージャンプ、陸上、バイクレース。その次くらいですね。

 

でも、特定の都市の熱狂ぶりは凄まじいですよ。アリーナも満員になりますし、スタンディングでサッカーのような応援が繰り広げられます。

 

非常に情熱的なポーランドの応援に対し、日本はいい時も悪い時も、勝っても負けても、どんな時も温かくサポートしてくれるのが伝わってくるので、とても心地よくプレーできています。

 

―ハンドボールを始めたきっかけは何だったのでしょう

 

パチコフスキー:父が若い頃ハンドボールをしていました。その後はしばらくハンドボールから離れていたのですが、僕が小学校3年生の時に父と父が教わっていたコーチがハンドボールのチームを作りました。その時僕はバスケットボールをしていたので、すぐには入らなかったのですが、友達がそのチームに入ったので、僕も2週間遅れでハンドボールを始めることにしました。

 

チームメイトは2週間早くスタートしていたので、最初はついていけずに戸惑いましたね。

 

 

―プロになろうと決めたのはいつ頃でしたか

 

パチコフスキー:13歳か14歳くらいの時にはプロを意識していました。「自分ならできる」という確信もありました。僕は人口が3万5000人くらいの小さな町で育ちましたが、小学校の頃からベストスコアラーやMVPを取っていました。15歳で3歳上のカテゴリーの代表チームに選ばれたので、おそらく自分にはプロになるポテンシャルがあると感じるようになったんです。

 

実際に、日本で言うブレイヴキングス刈谷と豊田合成ブルーファルコン名古屋のような、ポーランドリーグのトップ2チームの両方から、15歳前後でアーリーオファーをいただきました。

 

―ユース年代の頃、プロになるために特別に取り組んだことはありますか

 

パチコフスキー:自分の人生の全てをハンドボールに注ぎ込むと決意して、とにかく練習をたくさんしました。友達が遊んでいる時も、僕はずっと試合や合宿、トレーニングをしていました。

 

朝7時から朝練、放課後も練習しました。朝は苦手なのですが、雪が降る暗い道を歩いて学校まで行って、朝練をしたのを今でも覚えています。

 

―そうした努力があって、Wisia Plock(ヴィスワ・プウォツク)でプロキャリアをスタートします

 

パチコフスキー:16歳の時に入団して、最初はセカンドチームでした。1年目でファーストチームに昇格しました。

 

―それはすごいですね。当時Wisia Plockwhを率いていたのがラース・ウェルダーHC(現ブレイヴキングス刈谷HC)ですよね

 

パチコフスキー:そうです。1年半くらい一緒に戦いました。ラースは僕のことを信頼してくれて、試合に出るチャンスを多く与えてくれました。

 

当時、日本代表とも対戦しましたよ。哲さん(門山哲也チームディレクター)と松さん(松村 昌幸アシスタントコーチ)がいたそうです。1人、小柄でめちゃくちゃ速い選手(宮﨑大輔)がいたことをよく覚えています。

 

 

 

―欧州やポーランド代表で活躍後、昨シーズンからブレイヴキングス刈谷に加入しました。加入の決め手は何だったのですか

 

パチコフスキー:全く予想外の展開でした。クラブワールドカップでサウジアラビアにいる時に突然ラースから電話がかかってきたんです。それまでは全く連絡を取っていなかったので驚きました。

 

ラースは、ブレイヴキングス刈谷がどのようなチームで、どのようなゴールをめざしているか、そしてそれを成し遂げるために僕にぜひ来てほしいと熱く語ってくれました。

 

その言葉に動かされ、僕もこのチームが目指している優勝という目標を一緒に成し遂げたいと思いましたし、いくつか映像を見る中で、このチームの特性が自分に合いそうだとも感じました。

 

―チームの特性ですか?

 

パチコフスキー:非常に能力が高い選手がいて、プレーの質も高いので、このチームの助けになれそうだなと思いました。

 

―実際に日本に来ていかがでしたか

 

パチコフスキー:暑い!(笑)ちょうど来たが8月だったので。

 

驚いたのは、日本人が全てにおいてきちんとしていて、礼儀正しいこと。「Not外国人」な、人とほどよい距離感を保ち、公共の場所で騒いだりしない、穏やかな振る舞いに好感を持ちました。

 

―日本の生活で困ったことはありませんでしたか

 

パチコフスキー:最初は言葉の壁にストレスを感じて、外出するのを控えていました。

 

日本のしきたりや文化を尊重しようと思っていたのですが、ポーランドでの生活が長かったので、順応するのが少し難しかったですね。

 

―ハンドボールにおいては違いを感じる部分はありましたか

 

パチコフスキー:日本の選手が何をしてくるか予想するのが難しい時がありました。戦術的な違いというよりは、「慣れ」に近い部分です。例えば、速攻の時の相手ゴールキーパーが6mライン付近に立っているとか。子どもの頃から叩き込まれている国ごとの違いに少し戸惑うこともありました。今はもう、全く問題ないですが……。

 

―今シーズン、アンドレ・ゴメス選手とトリム・コルペルド・ジョンセン選手の2人の外国人選手が新たに加わりました。先輩として何かアドバイスしましたか

 

パチコフスキー:2人とも偉大な選手なので、ハンドボールに関しては何も言うことはありません。日本の生活については、教えることはありますよ。例えば、「饅頭」と「大福」の違いとか。

 

―3人で一緒に過ごすことが多いのですか

 

パチコフスキー:3人だけで固まらず、日本人選手も含めて、みんなで食事に行ったりすることを大事にしています。よく一緒にいるのは、さっちゃんと(松下)海と(田代)翔真。時々、吉野(樹)。

 

―さっちゃん?

 

パチコフスキー:岡本翔馬です。たまたま「さっちゃん」という柴犬の動画を見つけて、それが岡本翔馬にちょっと似ていたので。うちのチームは「ショウマ」が2人いるので、ちょうどよいあだ名になりました。

 

―日本語も熱心に勉強しているそうですね。好きな日本語は何ですか

 

パチコフスキー:「口寂しい」。音の響きが好きですし、意味も可愛い。「足首」も響きが好きです。

 

―口寂しいが好きということは、食べることも好きですか。好きな日本の食べ物は?

 

パチコフスキー:「台湾まぜそば」です。「台湾」と名前に入っていますが、名古屋発祥の料理なんです。自炊もしますよ。ご飯、パスタ、卵料理、オートミール、パンケーキを作りますね。

 

 

 

―2年間ブレイヴキングス刈谷で過ごして、チームとしてどんなところに成長を感じていますか

 

パチコフスキー:今シーズンは外国人が2人加わったことにより、戦術の幅がかなり広がりました。チームとしての辛抱強さが増した印象があります。

 

―そうした進化が、豊田合成戦の勝利につながったのですね

 

パチコフスキー:リーグ戦の中で豊田合成戦は最も重要な試合でした。長い間勝てていなかった宿敵・豊田合成に勝利することができたことは大きな自信になりましたし、非常に興奮しました。でも2日後にトヨタ自動車東日本レガロッソ宮城(TMEJ)戦が控えていたので、あまり余韻に浸ることなく、すぐに切り替えました。リーグで1位を勝ち取るためには、TMEJに負けることが一番よくないことだったので。

 

―現在、チーム新記録となる17連勝中です。ここからの戦いで重要になってくることはなんでしょうか

 

パチコフスキー:全ての試合に勝ち、リーグ1位を勝ち取ることです。そのためには、自信をもって、自分たちの今のレベルを保ち続けること。そして、小さなミスをなくしたり、より質を高めたり、小さなことを少しずつ積み重ねていくことです。その小さな積み重ねがやがて大きな変化へとつながっていくからです。

 

―最後にファンの皆さんへのメッセージをお願いします

 

パチコフスキー:皆さんが試合に来て応援してくださることが、僕たちの力になっています。めっちゃ感謝しています。これからも応援よろしくお願いします。

 

―――――――――――――――

 

 取材が終わると、パチコフスキー選手は立ち上がって、「今日はありがとうございました。お気をつけて」とデパート店員のように両手を前に組んで見送ってくれた。日本の文化を尊重し、それを学ぶことを喜びとし、チームに溶け込もうと努力する。彼の誠実な振る舞いの積み重ねが、今のチームの強固な結束力を支えていると感じた。

 

取材・文/山田智子

 

 

▶パチコフスキー選手のプロフィールはこちら

2026/04/23

【2025-26 #5】北詰明未選手インタビュー 「代名詞」1対1の極意とは

 キュンキュンと、ディフェンスに触れさせることすら許さない#24・CB北詰明未(きたづめ・あすみ)選手のキレのあるカットイン。その裏には、独自の「感覚」と「思考」があった―。

 

▶北詰選手のプロフィール

 

 

 

―北詰選手は加入当初はレフトバック(LB)で、そこからセンター(CB)に転向されたんですよね

 

北詰:ブレイヴキングス刈谷に入って2年くらいはLBで出させてもらっていました。でも、日本代表ではセンターを任されることが多かったので、ブレイヴキングス刈谷でもセンターをやりたいと監督に伝えました。

 

中学高校時代はずっとCBをやっていたんですよ。大学では3年生まではLBで、4年生の時にCBの先輩が引退されて、そこから僕がCBを任されるようになりました。

 

―ハンドボールは中学から始めたのですか

 

北詰:そうです。小学校まではミニバスのチームに入っていました。中学でもバスケを続けようと思っていたのですが、バスケ部に仮入部したときに筋トレばかりで全くシュートを打たせてもらえなくて……。楽しくないなと思って、ハンドボール部に行ってみたら、「どんどんシュート打っていいよ」と、その時は先生も優しかったんですよね。でも、いざ入部したら、豹変して(笑)、バスケ部より厳しかった。だまされるようにハンドボールを始めたのですが、今は続けてきて本当に良かったと思っています。

 

―LBとCBでは役割が異なります。転向する際、どのような難しさがありましたか

 

北詰:CBは攻撃をコントロールするポジションでもあるのですが、最初は1人でガツガツやろうとしすぎて上手くいかないことが多くありました。CBはこうあるべきだという正解があるわけではないのですが、自分は1対1や得点力に自信を持っているし、目の前に人がいたら抜こうとするタイプ。ある意味で、1対1が癖付いてしまっているので、自分の得点力を生かしながらも周りを生かす、そのバランスを取るのが最初は難しかったですね。

 

―その課題をどのように克服していったのですか

 

北詰:海外選手の映像を中心に、本当にたくさんの映像を見ました。

 

―国内ではなく、海外ですか?

 

北詰:僕は世界基準のプレーを意識しているので、世界ではどういうトレンドなのか学ぶことを常に意識しています。日本代表として、世界で戦うためにはどうすればいいのかということも常に考えています。

 

試合中も、ずっと頭をフル回転させているので、身体より脳みそが疲れます。

 

 

―CBとしてのご自身のプレーに手応えを感じられるようになったのは、いつ頃からですか

 

北詰:僕のスタイルができたなと思えたのは、本当に最近です。ヘッドコーチがラース(・ウェルダー)に替わったことがきっかけでした。

 

ラースは本当にポジティブで、「自分を信じろ」という言葉をいつも掛けてくれます。彼の信頼に応えようと頑張ったことで殻を破れた部分もありますし、戦術的にもCB専用のフォーメーションが増えたので、気持ちよく1対1を仕掛けられるということもあります。

 

 

 

 

―1対1は北詰選手の代名詞でもありますし、ブレイヴキングス刈谷の大きな武器でもあります

 

北詰:1対1に関しては、日本でトップ3に入るという自負を持っています。

 

―ちなみに、あとお二人は?

 

北詰:藤坂尚輝選手(大同特殊鋼 Phenix TOKAI)と安平光佑選手(ブルガンSC/クウェート)もうまいですよね。

 

―でも、藤坂選手も安平選手も小柄な選手ですね

 

北詰:身長があって動ける選手は、僕だけです。あっ、(吉野)樹さんもうまいですね。

 

―言葉で表現するのは難しいですが、吉野選手とは抜き方のスタイルが違う感じがします。北詰選手はスピードだけではなく、「キュンキュン」と切れ味鋭く抜いていく印象がある。カットインのコツのようなものはあるのですか

 

北詰:言葉にするのは難しいのですが、『いいタイミングで1対1に入れば、絶対に抜けるな』という感覚があるんですよね。

 

ディフェンスの身体の向きなのか、重心なのか、僕自身もどこを見ているのかわからないのですが、『この人はこっちを守りたいのかな』という雰囲気があるので、その逆をつくイメージですね。

 

―雰囲気……ですか

 

北詰:それが上手くいくと、キュンキュンとディフェンスに触れられずに抜けるんです。

 

―その感覚が外れた時は、強引に力で抜きますか

 

北詰:僕は、無理はしないです。なるべくボールを失わないように、フリースローでもう一度仕切り直します。ディフェンスを引きずって、ゴリゴリっといく人もいるんですけど、僕はボールを失わないことを優先します。

 

 

―なるほど。状況判断やシュートセレクションがいいので、シュート確率が高くなるんですね(※編注)

 

北詰:若い時は多少強引にでも抜いてやろうという気持ちがありましたが、そこでミスをして試合の流れが変わってしまうリスクもある。今はギャンブル的なプレーはしないように意識しています。

 

ただ、ミスを怖がりすぎてチャレンジができなくなるのもよくない。時には「自分がガンガン行ってやろう」という気持ちを出してもいいかなとも思っています。

 

―ディフェンスも北詰選手がカットインしてくるだろうとわかって守っている。にもかかわらず、そこを抜いて得点できるのは唯一無二の武器だなと思います

 

北詰:僕のカットインもそうですけど、ラースのハンドボールも研究されてきているので、「次」を考えなければいけない。ラースの求めるハンドボール以上のものを見つけて、それを試合で出していかなければ、優勝はできないと思っています。

 

そういう部分で、1対1は僕の武器ではあるのですが、それにこだわりすぎず、次の武器を鍛えていかなければと取り組んでいるところです。

 

―今のお話にも繋がるのですが、後半戦に向けて、中断期間に取り組んだことを教えてください

 

北詰:前半戦は新しく加入した選手とのタイミングが合わず、自分たちのリズムを失っていた部分がありました。中断期間でコンビネーションを高めながら、今まで積み上げてきた戦術をもう一度基本から見直して、質を高めてきました。全員がパワーアップできた、手応えのある中断期間を過ごせました。

 

―ファンの方へ、後半戦の意気込みをお願いします

 

北詰:いつも応援ありがとうございます。昨年の日本選手権では僕たちも本当に悔しい思いをしましたし、ファンの皆さんにも残念な思いをさせてしまいました。その悔しい気持ちを忘れず、後半戦はプレーオフで優勝できるように頑張りますので、引き続き熱い応援をよろしくお願いします。

 

取材・文/山田智子

 

 

(※編注)北詰選手の今季のシュート成功率は77.8%(26年2月12日現在)。60%がバックプレーヤーの基準と言われる中、かなりの高確率です。

2026/02/12

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