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トヨタ車体ブレイヴキングスのメンバーがとる行動や想いの背景、裏側、バッググラウンドを、ファンの皆さんに深く知っていただけるよう、インタビューやコラムで掘り下げてご紹介していきます。
「勝てる会場」から「お客さまに楽しんでいただけるホームゲーム」へ。満員のアリーナを目指した運営スタッフの2年間の挑戦
ここ2年にかけて、ブレイヴキングスのホームゲームが劇的に進化している。2月のウィングアリーナ刈谷での試合はハンドボールでは驚くべき1,800人を集客。華やかな演出で観客を驚かせた。今回は縁の下の力持ちとなってホームゲームを作り上げている、トヨタ車体人事室のメンバーである伊藤さん、川合さん、上田さん、鈴木さんに、その舞台裏を聞かせてもらった。
―今シーズン、何度かホームゲームを拝見しました。訪れる度に演出が進化し、それにともなって観客の数も右肩上がりに増えているのが印象的です。そこで今回はホームゲームの運営スタッフの皆さんにホームゲームの裏側についてお話を聞いてみたいと考えました。ホームゲームの改良プロジェクトはいつから始まったのでしょうか。
プロジェクトが始まる前は純粋に競技を見せる場所だった
伊藤:僕が初めて見た試合会場は、選手の所属職場の応援旗が掲出されているだけで、ほとんど何もない状態でした。「ハンドボールはマイナースポーツだし、こんなものなんだな」と思っていました。しかし選手と話をする中で、「バスケットのように満員のお客さまの前で試合したい」という強い想いを持っていることを知りました。
うちのチームは強いのですが、日本リーグでは2018/19シーズンに優勝したものの、昨シーズンまではずっとシルバーコレクターで、優勝にあと一歩届かない状況でした。だからどうすれば優勝させられるのか考えていました。
しかしながら、優勝するためにはチームを強化するだけでは不十分です。ファンの皆さまの声援がなければ、選手が100%の力を発揮することができません。アリーナを満員にすることが、結果として選手を強くし、勝つことによってファンの皆さまに喜んでいただける。「勝てるホームゲームを創って優勝したい」というのがプロジェクトの起点でした。
―そこからどのように進められたのでしょうか。
伊藤さん:お金をかければ、派手な設えはできるかもしれません。でも、それだけでアリーナを満員にすることは難しいだろうと考えていました。まずは、従業員、地域、ファン、子どもたちに愛されるチームになること、ブレイヴキングスの価値を高めることが先決であり、そのためには我々運営側、選手、チームスタッフの三者が協力し合うことが必須でした。最初に着手したのは、選手のマインドを変えることです。選手への説明会を開き、「プレーの向上を目指すだけではなく、ファンサービスをしっかりして、選手一人一人が愛されるチームになろう」と説明しました。あわせてチームスタッフにも協力してもらえるように話をしました。その説明会でも話したのですが、理想は阪神タイガース。勝っても負けても常に満員になる、愛されるチームです。
―以前は、ファンサービスは全くされていなかったのですか?
鈴木:リーグからの要望で選手サイン会をすることがあったのですが、それもコロナ禍以降はやらなくなってしまいました。
伊藤:本当にゼロからのスタートでした。選手の写真が入ったクリアファイルとハリセンを作って、従業員受付の横で販売するところから始めました。
鈴木:それだけでも、私たちにとっては大ニュースでしたね。でもほとんど買ってもらえませんでした。
伊藤:僕と鈴木さんは広報の出身なので、PRやイベントに関するノウハウは持っています。しかしファンの方が何を求めているのかというデータは全くない。なんらかの策を考えたとしても、それが本当にファンの方が求めているものなのかが分からず、悩みました。
―それでどうされたのですか?
伊藤:まずはスポーツマーケティングの本を読んだり、アリーナスポーツを軒並み観にいったりして、ひたすら勉強しました。ホームゲームでどのようなイベントをしていて、何がお客さんに刺さっているのか。お客様を気持ちよく迎えるためにどのような考えで設営がされているのか、それこそどんな素材が使われているかまで。壁を叩いて木工なのか鉄骨なのか確かめたり試合を全然観ないで裏方のスタッフの動きばかりを見たりしているので、非常に怪しい客だったと思います。
それまでも少しずつ策をトライしていたのですが、去年の始めにホームゲームの来場者を500人から5,000人にするための取り組みをまとめた「5,000人プラン」を作りました。5,000人は大袈裟ですが、約2,500人入るウィングアリーナ刈谷を埋めたいというのが本音の目標でした。トヨタ車体はエンタメの会社ではありませんし、ハンドボールの運営スタッフは僕も入れて4~5人なので、川合、鈴木、上田は本当に大変だったと思います。
上田:お客さまに対しては22-23シーズンからはほぼ毎試合来場者アンケートを取り、何を求めてホームゲームにきてくださっているのか、トライしてみたことが受け入れられているのか、どこを改善してほしいと期待しているのかを、リサーチしています。
カラーを統一しブランディング創りを進めているホームゲーム
「かっこいい」と「やさしい」でファンの心を掴む
―お客さまに喜んでもらうための具体的な取り組みを教えてください。
川合:アンケートの結果、予想以上に女性のお客さまが多いことに驚きました。そこで、ポスターや映像など選手のかっこよさを全面に出した、女心をくすぐるPRを展開していきました。チームカラーでもある赤と黒をブランドカラーにして、会場の装飾やグッズもおしゃれでかっこいいものに統一しました。
「かっこいい」をテーマにブランディングを進める中で、選手の私服の写真を撮ってみたら、思いの外かっこよいものになったというような、私たちの中での発見もありました。ややミーハー目線ではあるのですが、「推し」選手をたくさん作ってもらえたら、選手も嬉しいでしょうし、私も楽しいので、誰かのファンになってもらいたいと思いながら進めてきました。
伊藤:推し選手をもっと応援してもらうためグッズも選手のネーム入りタオルなど「個」のものを増やしました。今シーズンは選手一人一人のリール動画も作ってSNSで流しているのですが、ファンの方にもとても喜んでいただけています。
上田:アンケートでも選手のファンサービスがとてもやさしいという声を多くいただきます。
距離感の近さが好評。ファンの反応が伝わってくるのは選手にとってもうれしい
伊藤:うちの選手は本当にファンサービスに協力的で、練習や試合後で疲れていても嫌な顔ひとつしません。サイン会などのイベントでは、お客さまが揃ってから選手が迎えられるというのが普通だと思うのですが、うちの選手はお客さまより前に来て準備しているときもあるくらい、ファンサービスを大事にしてくれています。
川合:以前、試合後のサイン会に選手がすごく遅れて、伊藤さんがスタッフに激怒したからですよ。
伊藤:せっかく苦労して集客しているのに、イベントでお客さまをお待たせして、そこに不満を感じてしまったら二度と来てもらえません。お客さまに気持ちよく帰っていただくためには、一つ一つのことを大切にしなければならないと分かってもらいたかったので厳しく言いました。今はその考えが全員に浸透していると思います。
上田:次もまた来たいと思っていただきたいので、アンケートでの厳しい声は可能な限り次の試合までに対応するようにしています。例えば、「会場の案内が分かりにくい」「会場の音量が大きい、小さい」など、毎試合改善を繰り返してきました。
アンケートを重ねながらこうしたファンサービスを創り上げてきた
―トライして改善する、を繰り返した結果、2月18日にウィングアリーナ刈谷で開催された大同特殊鋼戦は、約1,800名の観客が入り、立ち見も出るほど盛り上がりました。
伊藤:試合後の選手がサインボールを投げ込んでいるときに、スタンドのたくさんのお客さまが推し選手のネームタオルを振っている光景を見て、川合さんと「目指していた光景になってきたね」と話をしました。選手、チームスタッフ、運営スタッフ全員が頑張ってきた結果であり、「ようやくここまできたか」と感動しました。
川合:満員のアリーナが目標と言ってはみたものの、もっと先だと思っていたので、本当にうれしかったですね。
VIP席も、企画した当初は売れなかったらどうしようという悩みがありました。それが今回は発売3分で完売。買えなかったお客さまがSNSなどで残念がっているという、私たちが想定していなかった新たな悩みが生まれています。
コート間近で迫力が魅力のVIP席はリピーターも多い
―VIPシートはいつから始めたのですか?
伊藤:昨シーズン、試合前のコートサイドでウォーミングアップの様子を見られる「激感エリア」を試しに作りました。それが思いのほか好評で、間近で選手を見たいというニーズがあることが分かりました。そこで、コートサイドの席を40席販売することにしたのですが、正直お金を払ってまで見てもらえるかには自信がなかったです。
上田:シーズンの前半戦は1席、2席売れ残っていました。今ではVIPエリアが即完売するだけではなく、定価で一般席チケットを買ってくださる方が2倍になりました。
メンバーのアイデアで実現した高揚感を高めるゲート
―ウィングアリーナ刈谷での試合は、入り口までアプローチにカッコいいゲートとレッドカーペットで非日常へ誘ってくれるような演出がされていて、感動しました。
鈴木:いつもと違う非日常感の景色にしてお客様をびっくりさせたいとゲートを作ったのですが、皆さんが非常に喜んでくださいました。手間がかかるらしく職人さん泣かせでしたがチャレンジしてよかったと思っています。
―選手入場時の映像や花火の演出には多くのお客さまから「すごい!」という歓声が上がっていましたし、選手も驚いていました。
伊藤:選手には事前に伝えていなかったので、驚いていたようです。
緻密なタイムコントロールが必要で伊藤を悩ませた演出は無事成功
上田:あの日のアンケートは、選手入場の映像がすごくよかったとか演出についての良い意見ばかりでした。選手からも「最高だった」「気持ちよかった」「やる気が出た」と言われましたね。ホームゲームの前日はいつも、「お客さまが来てくださるだろうか」「準備が足りずお客さまからお叱りを受けないか」と不安で眠れないのですが、2,000人の光景を見て今までの苦労が吹っ飛びました。実はもう一つ、個人的なことですが、あの試合でとても嬉しいことがありました。刈谷大会の前に入籍をしたのですが、リハーサルの時にビジョンにサプライズでお祝い映像が流れ、人事室の運営スタッフの仲間や門山哲也チームディレクターがプレゼントをしてくださいました。試合の準備で忙しい中で、このような機会を作ってくださったことに感謝していますし、それを見ていた大同特殊鋼の選手から「選手と運営スタッフの距離が近くていいね」と言っていただいたことも嬉しかったです。
ホームゲームのファンサービスでもNo.1を目指す
伊藤:でもまだまだ道半ばです。僕は、チケットを買って観にきていただけるお客さまで毎試合ホームゲームを満員にしたい。この2年間はとにかく認知を上げたいと積極的に子どもたちの招待を行ったりリピーターになってもらえるようなイベント企画をしたりという種まきをしてきました。来シーズン以降は、その種からたくさんの花が咲けばいいなと願っています。
上田:例えばバスケットボールのシーホース三河さんやバレーボールのジェイテクトSTINGSさんはチケットが争奪戦だと聞きます。チケットが買えないくらいの人気がハンドボールにも出るといいなと思います。
川合:選手も変わってきましたが、私たち運営スタッフのマインドもこの2年で大きく変化しました。以前は伊藤さんの方針に応えるという「待ちの姿勢」だったのですが、自分が考えたことが形になると楽しくて、どんどん自分たちから提案していこうという気持ちに変わってきています。私たち自身もスキルを磨いて成長してきています。
伊藤:川合さんたちから、お客さまに喜んでもらうためにこれをやりたいというアイデアがたくさん出てきます。我々がやっているイベントなどはこうやって全て自分たちで考えて試行錯誤しながらやっています。協力会社に企画をしてもらうことはしていません。この手作り感は絶対に大切にしなければならないと思っていて、愛情のあるアリーナにしていきたいという考えを基軸としています。たった4~5人で、しかも女子バレーボール部クインシーズの運営も掛け持ちでやっている小さな所帯ですが、川合さんや上田さんらのもの凄いパワーと頑張り、チームワークがプロジェクトを支えてくれています。
「勝てるアリーナを作りたい」と始めたプロジェクトですが、この2年間で「お客さまに楽しんで帰っていただきたい」と方針が変わってきました。
今、チームは1位、2位をずっと走り続けてくれています。チームが日本のハンドボールを引っ張っていく自負をもって一生懸命取り組んでくれているように、我々もホームゲーム運営の面でNO.1になってハンドボール界を牽引していきたいと考えています。
世の中にたくさんの余暇を楽しむものがあります。その中からご家族や友人同士で今日はブレイヴキングスの試合を観に行こうと選んでいただけるような会話が自然と生まれる日常を作りたいと思っています。
ハンドボールは本当に観ていて楽しいスポーツです。もっとたくさんの方にハンドボール、ブレイヴキングスの試合に来ていただけるよう取り組んでいきたいと思います。
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発行/2024年3月
取材・文/山田智子
2024/03/29