いつもトヨタ車体ブレイヴキングスへご声援いただきありがとうございます。
トヨタ車体ブレイヴキングスのメンバーがとる行動や想いの背景、裏側、バッググラウンドを、ファンの皆さんに深く知っていただけるよう、インタービューやコラムで掘り下げてご紹介していきます。
第一回は今シーズン就任したラース・ウェルダーヘッドコーチにその想いを伺いました。
全ての試合に勝つことが目標。そのために、選手全員でチームのために戦う。
昨シーズン、リーグ制覇にあと一歩のところまで迫ったトヨタ車体ブレイヴキングス。リベンジに燃える今シーズンは、ハンドボール発祥の国・デンマークからベテラン指揮官・ラース・ウェルダー氏を迎えた。欧州9カ国で指導をした日本リーグ男子初の外国人監督は、どのような思いで来日し、ブレイヴキングス、そして日本ハンドボール界に何をもたらそうとしているのか。いよいよ開幕する日本リーグを前に意気込みを聞いた。
これまで積み上げてきた土台に、北欧のスタイルを組み合わせる
―全日本社会人選手権大会の優勝おめでとうございます。ヘッドコーチに就任して1ヶ月間で、どのようにチームを変化させたのでしょうか。
ラース・ウェルダーヘッドコーチ(以下、ラースHC):ありがとうございます。チームのコンセプトは大きく変えていません。昨シーズンまで積み上げてきた優れたところを継続し、細かな部分に少し修正を加えました。具体的にはディフェンスをよりアグレッシブなものに変え、オフェンス面では規律と組織化を導入しました。私はそうした小さな変化の積み重ねこそが大きな変革につながると考えています。
―ラースHCは就任時に「日本のハンドボールの良い部分を取り入れながら、ヨーロッパでのハンドボールを融合させていきたい。その融合は興味深いものになる」とおっしゃっていました。どんな部分に日本の良さを感じていますか。またこのチームにどのようなものをもたらしたいと考えていますか。
ラースHC:日本人選手の長所はスピードがあることです。その特徴を引き立てるためにも、私の出身地である北欧の、パスを多用するスタイルを取り入れたいと考えています。
日本とヨーロッパのハンドボールの最も大きな違いは、日本人選手がドリブルを多く使い、人に対して攻撃をするのに対し、ヨーロッパではパスでディフェンスを動かして、チームで作り出したスペースを攻めるという点です。1対1の局面が6つあるのではなく、ボールを持っていない選手が他の選手のためにディフェンスを動かし、6対6のチームで攻めるのです。
私はこのチームに来てからずっと、「ドリブルを最低限しか使わない」「スペースを攻める」「ボールをもらう前に動く」ことを徹底してきました。その上で、「規律をしっかり保つこと」「我慢強く戦うこと」「チームが一つになって戦うこと」が大切だとも伝えてきました。
全日本社会人選手権大会の優勝は、私の哲学を選手が理解し始めた結果だと手応えを感じています。特にポストプレーヤーの得点が増えていることは、彼らのプレーするスペースが増えたことを意味し、我々が取り組んでいることが機能した何よりの証拠です。
ただし、ここはまだスタートです。優勝という結果を出したことで、チームの雰囲気は一段と良くなりました。さらにここから3、4、5、6ヶ月後と、どんどん良いチームになっていくと確信しています。
―ラースHCは選手をよく観察し、コミュニケーションを非常に大切にされていると感じます。選手との関係構築において心掛けていることはありますか。
ラースHC:コーチの役割は、各選手の能力を最大限に引き出すことです。ですから、日頃から選手がどのような性格で、どのような良さがあって、その能力が試合の中でいかに発揮されるかを見極めなければいけません。そして個々の選手の能力を繋ぎ合わせてチームとして機能させることが重要です。
全日本社会人選手権大会では、毎試合スターターを変更しました。それは全選手に自分がチームの中で重要な存在であるという感覚を持ってもらうためです。スターターを固定すると、試合に出られない選手が疎外感を感じ、自分がチームにいる意味を感じられなくなるという良くない状況が起こります。試合によって出場メンバーが変わることによって、競争が生まれ、選手のモチベーションが上がりますし、出場した選手が活躍すると、チーム全体の士気が上がるという好循環が生まれます。
―玉城慶也選手をキャプテンに指名したのは、どのような狙いがありますか。
ラースHC:玉城選手は人を繋ぐことに長けていて、コート内で起こっている些細な出来事にも全て目を配ることができます。リーダーとしての資質がとてもある選手ですので、キャプテンを任せました。チーム全員をうまくまとめてくれていると感じています。
10年前から日本で指導したいと思っていた
―話は前後しますが、ブレイヴキングスからヘッドコーチのオファーを受けた時のお気持ちを聞かせてください。
ラースHC:すごく嬉しかったです。10年ほど前に、私がポーランドのクラブにいた時に、日本代表チームと試合をしたことがありました。その選手の中には、門山哲也チームディレクターもいました。その時から、日本人選手はとてもポテンシャルがあり、素晴らしいスポーツ文化を持っていると感じていました。いつか日本で指導してみたいと思っていましたので、決断するまでに時間はかかりませんでした。
日本の文化にも興味を持っています。寿司など日本食はヘルシーでとても好きですし、東京や京都など行ってみたい場所もたくさんあります。
―ブレイヴキングスというチームについては、どのような印象をお持ちでしたか。
ラースHC:来日する前に映像を観た印象としては、とても質の高いハンドボールができているし、可能性のある選手がたくさんいると感じました。前コーチの指導が良かったんでしょうね。次のステップに進むためのベースが既に整っていましたので、ここでの私の仕事はそれほど難しくないと思いました。
―実際に約1ヶ月間指導をしてみて、印象に変化はありましたか。
ラースHC:印象は変わりません。むしろ実際に来てからの方が、より難しくないなと感じています。選手たちがハンドボールについてとてもよく理解していることが分かったので。
もちろんまだミスがありますし、新しく取り組んでいることが浸透するまでには時間がかかります。私の恩師であり、最も尊敬している指導者のケント・ハリー・アンダーソン氏が「何かを変える時には、積み上げるのに1年はかかると言っていました。その間に、良くなる時もあれば、悪くなる時もあります。アップダウンを繰り返しながら、右肩上がりに成長していく。今のところ、計画的に進んでいると感じています。
大事なのは、選手全員がチームで戦うという哲学を理解していることです。選手はとても前向きに取り組んでおり、日に日に成長しているのが目に見えて分かります。チーム全員がとても充実した時間を過ごせています。
―ラースHCの就任は、ブレイヴキングスだけでなく、日本のハンドボール界にも大きな意味があることだと感じています。
ラースHC:そうなれるといいなと私も思います。日本のハンドボールはこの10年間で正しい方向に進んできています。非常に将来性を感じますが、一方で変えた方がもっと良くなると感じる部分もあります。外から来た人間だからこそ、変えられることもあると思っています。
一例を挙げれば、ヨーロッパでは多くの選手が18歳からハンドボールのプロ選手としてのキャリアをスタートさせています。日本では大半の選手が大学でプレーした後、実業団チームに入団します。もちろん教育を受けるという意味では、大学に行くことはとても大切なことですが、選手として考えると、少しでも早くトップレベルでプレーすることが理想です。
すぐに制度を変えるのは難しいかもしれませんが、大学生が私たちのチームで一緒に練習をしたり、彼らのフィジカルトレーニングをサポートしたり、若い選手に成長する機会を提供できないかと模索しています。
―ラースHCが20年以上指導者を続けられてきた中で、最も大切にしてきたことは何でしょうか。
ラースHC:やはり勝つということが最も大事だと思います。勝ちたい気持ちは、選手のモチベーションを高めます。
だから、全日本社会人選手権大会で優勝した時、もっと喜ぶべきだと話したんですよ。こんなに素晴らしいことを成し遂げたのだから、その喜びを選手、スタッフだけでなく、社員やファンの人たちと共有し、みんなでお祝いした方がいい。幸せな瞬間は、人生で決して忘れられないものですから。
日本人は真面目で、自分の感情をあまり表に出しませんが、勝った時くらいは自分を解放して喜ばなければいけません。「優勝することはこんなに気持ちのいいことなんだ」「あの喜びをもう一度味わいたい」という感情を持つことが、次の勝利へのモチベーションになるからです。
―最後に、今シーズンの目標をお聞かせください。
ラースHC:全ての試合に勝つことが目標です。実際に全部勝つことは簡単ではないでしょうが、それを達成できる力を備えているチームだと自信を持っています。全ての試合に勝つという意気込みで臨み、最終的に一つでも多くのタイトルを獲ることを目指しています。
そのためには、ファンの方の応援が不可欠です。全日本社会人選手権大会にも多くのファンが駆けつけてくれました。皆さんの応援の声はフィールドに一人選手が増えるような心強さがあります。良い時も悪い時も、熱い応援で私たちのサポートをよろしくお願いします。
取材・文/山田智子
2023/07/02