BACKYARD BRAVEKINGS

【BACKYARD BRAVEKINGS#6】富永 聖也選手インタビュー

いつもトヨタ車体ブレイヴキングスへご声援いただきありがとうございます。
トヨタ車体ブレイヴキングスのメンバーがとる行動や想いの背景、裏側、バッググラウンドを、ファンの皆さんに深く知っていただけるよう、インタビューやコラムで掘り下げてご紹介していきます。

 

 

今回は若手選手をクローズアップ:成長著しい入団2年目の富永聖也選手。着実にプレータイムを伸ばし、荒削りながらも攻守にわたって存在感を増している。しかし順調に見える今シーズンは、裏ではいろいろと悩み試行錯誤の連続だったという。

 

ラースHC(ヘッドコーチ)のもとで、飛躍した一年

 

―入団からの2年間でどんな部分が成長したと感じていますか。

 

富永:入団当初は体重が84キロほどしかなく、ディフェンスで押し込まれることがありました。体重を増やし、体幹を鍛えたことで、当たり負けもしなくなってきました。

分岐点になったのは、昨年のプレーオフで左肩を脱臼したことです。自分は試合中に病院に運ばれ、勝ってくれ、ファイナルに進んでくれとただ祈るだけでした。みんなが頑張って、試合に勝ったよ、次はファイナルだよと電話してくれて号泣してしまって。このチームで良かったなとめちゃくちゃ思いました。しかし最後まで戦えなかったのはやっぱりとても悔しかったです。

昨季のプレーオフ決勝は激闘を見守ることしかできず そのくやしさが成長につながった

 

その後は2〜3ヶ月ボールに触れなかったのですが、ちょうどオフシーズンだったので、体づくりにじっくりと向き合うことができました。

大学時代に肩の怪我をした時は、試合に出たい気持ちが先行して、無理してプレーを続けた結果、怪我を長引かせてしまいました。今回はその経験を生かして、しっかりと治すことができましたし、課題であった体幹トレーニングに取り組むよい機会にもなりました。

 

―プレーの面では、どのような成長を感じていますか。

 

富永:今シーズンはラース(・ウェルダー)ヘッドコーチ(HC)に代わって、自分自身のやるべきことも変わりました。最初は戸惑うこともありましたが、最近はプレータイムも伸びて、大きく成長できた一年だったと感じています。

得意のディフェンスで速攻につなげチームに流れをつくる

 

―役割はどのように変化したのでしょうか。

 

富永:僕は(吉野)樹さんの交替で出る形が多いのですが、今まではあまり流れを考えずにガンガンシュートを打って、その結果流れを悪くしてしまうことがありました。

「途中から出る選手にはチームの雰囲気や流れを見る役割がある。1人でガンガン攻めすぎるのは、例えて言うなら、周りが正常運転なのに、1人だけバイクでずっとふかしているようなものだ。今、チームがどのような状況にあるのかを考えてプレーしろ」とラースHCにみんなの前で叱られて、それから流れを意識してプレーするようになりました。

ディフェンスについては、最近は真ん中を守ることも多いですし、自信を持っています。しっかりとディフェンスして、そこから速攻につなげて、ゲームの流れを作る役割を担っていきたいです。

 

―今シーズン、自分の強みを最も発揮できたと感じるのはどの試合ですか。

 

富永:昨年6月の全日本社会人選手権大会は調子がよく、リーグ戦もこのままの調子でいきたいと考えていたのですが、調子を落とし、プレータイムをもらいながらも得点ができない試合が続きました。シュートも入らないし、思ったプレーができない。「なんでなんだろう」と半年ほど悩み続けて、ようやく12月の日本選手権くらいから自分のプレーができるようになってきました。今年4月のジークスター戦では自分のやりたかった動きができて、自信になりました。

 

―自分のやりたかったプレーとは?

 

富永:カットインが好きなので、間を割るプレーや相手の隙を突く動きは自分の強みだと思っています。最近はアシストも好きになってきました。ポストパスやサイドへのパスは練習の成果が出てきているので、自分が点を取るだけでなく、周りを生かすことにも楽しさを感じています。また、ポストプレーは今シーズン通して強化してきたポイントで、少しずつ納得のいくプレーができるようになってきています。

プレーの幅を増やすため体幹を強化

 

―今のお話を聞いて調べてみたのですが、前半9試合のシュート率は37%、11月の琉球コラソン戦から4月のゴールデンウルヴス福岡までの後半12試合は60%と大幅に伸びていますね。悩んでいた半年はどのように過ごしていたのですか。

 

富永:コアトレーニングを徹底的にしましたし、食事の面もYouTubeを見て自分なりに勉強しました。

 

―YouTubeで学ぶというのが、今どきっぽいですね。

 

富永:いろいろと研究する中でたどりついたのが、バスケットボールNBAの選手のYouTube。NBA選手は身長も高くて体重もあり、スピードもパワーも必要な競技なので参考になると考えました。お米をパンやパスタなど小麦になるべく変えて、朝食も寮の食事だけではなくシリアルや自分で用意したバナナを食べています。今はよいコンディションが保てているので、これを継続したらこの先どれぐらい強化できるのだろうと、楽しみながら試しています。

富永の持ち味はしなやかでダイナミックなプレー

 

レベルの高い環境の方が成長できる

 

―ブレイヴキングスは日本代表選手も多く、他のチームであれば先発で出られる力を持った選手がなかなかプレータイムを獲得できない状況にあります。その点についての葛藤はありませんでしたか。

 

富永:樹さん、(渡部)仁さん、杉(杉岡尚樹)さんなど代表選手が多いことは入団前から分かっていました。大学の監督からも「試合に出られないかもしれないぞ」と言われましたが、簡単な道よりもいろいろ経験ができる方が自分にとってもプラスになると考えました。

僕は熊本の天草という田舎の出身で、高校時代は無名でしたが、そこからいきなり東京の大学に行きました。その時と同じで、レベルの高い場所に飛び込んだことで濃い経験を積めています。2年目でこんなに長く試合に出られると思っていなかったので、順調というか、うまく行き過ぎているくらいです。

 

―吉野選手、渡部選手、杉岡選手との差はこの2年間で縮まってきていると感じていますか。

 

富永:縮まっていると思いたいんですけど……。彼らは“天才”なので、簡単には届かないです。個人技でも点が取れますし、相手を見てプレーできますし、本当にすごい選手たちです。

ラースHCからは「吉野に勝たないとスタートでは出られないよ」とずっと言われているので、勝てるように頑張っています。

 

―1月のアジア選手権では日本代表でも活躍しました。その経験はどのように生かされていますか。

 

富永:一番学んだのは戦う姿勢です。ダグル(・シグルドソン前)HCの「人生をかけて戦え」という言葉が最も心に残っています。海外の選手は人生をかけて挑んできているので、僕たちはそれを跳ね返す強い気持ちで戦わないと相手にならないと思い知らされました。試合に対する気持ちを変えることが大きく変わったところです。

完全アウェーの中、バーレーンに勝てたこともいい経験でしたし、決勝のカタール戦では、グループステージとは全く違う戦う姿勢を見せつけられました。人生を賭けて戦う人はこんなにも目の色が変わるんだと目の当たりにしたことは大きな経験でした。

 

―先ほど熊本の天草の出身という話が出ましたので、子どもの頃のお話を聞かせてください。

 

富永:同級生は男子4人、女子4人の8人。保育園から中学までずっと一緒に育ってきました。小学校ではサッカーをしていたのですが、中学校は部活がハンドボールしかなかったので、必然的にハンドボール部に入ることになりました。中学校の前に川があるのですが、釣りをしたり、練習で汗をかいて汚れたらそのまま川に入ったりして楽しい子ども時代を過ごしました。

 

―中学校は藤本純季選手と同じ都呂々中学校。藤本選手、富永選手、そして岩下祐太(トヨタ紡織九州レッドトルネード佐賀)とハンドボールの日本代表選手を3人も輩出しています。

 

富永:僕を指導してくださった監督のお父さんが監督を務めていた30年ほど前に日本一になったことがあります。僕たちの頃は人数も少なかったので、県大会にも出ていませんし、天草市の大会で負けることもあったのですが、練習は厳しく、朝8時半から12時半まで走りっぱなしということもよくありました。

バネを生かした高い打点からのシュート シーズン後半は精度が大幅向上しシュート率6割を越える

 

―富永選手はウガンダ出身の父と日本人の母のミックスルーツを持っています。そのことで悩んだことはありませんでしたか。

 

富永:小さい頃は悩んだこともありましたが、スポーツを始めてからはそういういうことも気にならなくなりました。最初は下に見られることもあるのですが、いいプレーをすれば何も言われなくなります。そういう経験を経て、ハングリー精神が強くなったと感じています。

僕は英語が話せないのですが、外国の方から英語で話しかけられたら困ってしまうのと同じで、初対面の人は僕とどうコミュニケーションをとったらいいのか困惑しているだけなのかなと割り切れるようにもなりました。

バスケットボール日本代表の八村塁選手にも勇気をもらいました。肌の色が違うと日本人と見なされないこともありますが、八村選手が日本人としての誇りを持って戦っている姿を見て、「僕も日本人でいていいんだ」と感じることができるようになりました。僕も将来的に日本人としての誇りを持って海外でプレーしたいという目標を持っているので、彼の活躍は励みになります。

 

ハンドボールを理解しているファンの存在が成長を促す

満員のお客さまの声援が富永を熱くする

 

―4月6日のジークスター東京戦では約2,000人のファンの前でプレーオフ進出を決めました。

 

富永:たくさんのファンの皆さんの前でプレーできて、本当に楽しかったです。ブレイヴキングスの選手は大舞台になればなるほど活躍する人が多い。たくさんの声援と華やかな演出で素晴らしい雰囲気を作ってもらって、負けるわけにはいかないですからね。

ブレイヴキングスのファンはとても温かくて、ハンドボールを理解している方が多い印象です。試合中も「がんばれ」「ここだぞ!」と励ましてくれるので、すごく力になっています。チケット代を払って観にきてくれるファンのためにも下手なプレーはできません。「しっかりプレーしなければ」という自覚も強くなりました。

同期の櫻井睦哉と 若手の成長がチームの飛躍のカギ

 

―若手選手から見て、今シーズンのチームはどこが変わったと感じますか。

 

富永:一番違うのは気持ちの面ではないでしょうか。去年までは相性の悪い相手に対しては少し弱気になってしまうところがありました。今年はそれぞれの役割がはっきりしていることもあって、対戦相手がどこであろうと自分たちのやるべきことをやれば勝てるという自信を全員が持っています。ラースHCがそれぞれの役割ややるべきことを徹底していることもありますし、練習からアグレッシブにプレーしているので、試合の方が楽に感じるということも大きいと思います。

 

―今後に向けて、あらためて意気込みを聞かせてください。

 

富永:リーグ戦を1位で通過して、プレーオフもしっかり勝って、ファンの皆さんに恩返しをしたい。

個人的にはしっかりと与えられた役割を果たせるように、練習にしっかりと取り組んでいます。調子の良かった4月のジークスター戦のパフォーマンスを継続できるよう、準備をしっかりして、どんな状況でも自分のプレーができる選手になりたいです。

パリ五輪も目指しています。一つの課題をクリアするとまた次の課題が出てくるので永遠に完成はないですが、一つひとつ乗り越えながら成長を続けていきたいです。

 

発行/2024年4月
取材・文/山田智子

2024/04/26

【BACKYARD BRAVEKINGS#5】ホームゲームの舞台裏 運営スタッフインタビュー

いつもトヨタ車体ブレイヴキングスへご声援いただきありがとうございます。
トヨタ車体ブレイヴキングスのメンバーがとる行動や想いの背景、裏側、バッググラウンドを、ファンの皆さんに深く知っていただけるよう、インタビューやコラムで掘り下げてご紹介していきます。

 

「勝てる会場」から「お客さまに楽しんでいただけるホームゲーム」へ。満員のアリーナを目指した運営スタッフの2年間の挑戦

 

ここ2年にかけて、ブレイヴキングスのホームゲームが劇的に進化している。2月のウィングアリーナ刈谷での試合はハンドボールでは驚くべき1,800人を集客。華やかな演出で観客を驚かせた。今回は縁の下の力持ちとなってホームゲームを作り上げている、トヨタ車体人事室のメンバーである伊藤さん、川合さん、上田さん、鈴木さんに、その舞台裏を聞かせてもらった。

 

―今シーズン、何度かホームゲームを拝見しました。訪れる度に演出が進化し、それにともなって観客の数も右肩上がりに増えているのが印象的です。そこで今回はホームゲームの運営スタッフの皆さんにホームゲームの裏側についてお話を聞いてみたいと考えました。ホームゲームの改良プロジェクトはいつから始まったのでしょうか。

プロジェクトが始まる前は純粋に競技を見せる場所だった

 

伊藤:僕が初めて見た試合会場は、選手の所属職場の応援旗が掲出されているだけで、ほとんど何もない状態でした。「ハンドボールはマイナースポーツだし、こんなものなんだな」と思っていました。しかし選手と話をする中で、「バスケットのように満員のお客さまの前で試合したい」という強い想いを持っていることを知りました。

うちのチームは強いのですが、日本リーグでは2018/19シーズンに優勝したものの、昨シーズンまではずっとシルバーコレクターで、優勝にあと一歩届かない状況でした。だからどうすれば優勝させられるのか考えていました。

しかしながら、優勝するためにはチームを強化するだけでは不十分です。ファンの皆さまの声援がなければ、選手が100%の力を発揮することができません。アリーナを満員にすることが、結果として選手を強くし、勝つことによってファンの皆さまに喜んでいただける。「勝てるホームゲームを創って優勝したい」というのがプロジェクトの起点でした。

 

―そこからどのように進められたのでしょうか。

 

伊藤さん:お金をかければ、派手な設えはできるかもしれません。でも、それだけでアリーナを満員にすることは難しいだろうと考えていました。まずは、従業員、地域、ファン、子どもたちに愛されるチームになること、ブレイヴキングスの価値を高めることが先決であり、そのためには我々運営側、選手、チームスタッフの三者が協力し合うことが必須でした。最初に着手したのは、選手のマインドを変えることです。選手への説明会を開き、「プレーの向上を目指すだけではなく、ファンサービスをしっかりして、選手一人一人が愛されるチームになろう」と説明しました。あわせてチームスタッフにも協力してもらえるように話をしました。その説明会でも話したのですが、理想は阪神タイガース。勝っても負けても常に満員になる、愛されるチームです。

 

―以前は、ファンサービスは全くされていなかったのですか?

 

鈴木:リーグからの要望で選手サイン会をすることがあったのですが、それもコロナ禍以降はやらなくなってしまいました。

 

伊藤:本当にゼロからのスタートでした。選手の写真が入ったクリアファイルとハリセンを作って、従業員受付の横で販売するところから始めました。

 

鈴木:それだけでも、私たちにとっては大ニュースでしたね。でもほとんど買ってもらえませんでした。

 

伊藤:僕と鈴木さんは広報の出身なので、PRやイベントに関するノウハウは持っています。しかしファンの方が何を求めているのかというデータは全くない。なんらかの策を考えたとしても、それが本当にファンの方が求めているものなのかが分からず、悩みました。

 

―それでどうされたのですか?

 

伊藤:まずはスポーツマーケティングの本を読んだり、アリーナスポーツを軒並み観にいったりして、ひたすら勉強しました。ホームゲームでどのようなイベントをしていて、何がお客さんに刺さっているのか。お客様を気持ちよく迎えるためにどのような考えで設営がされているのか、それこそどんな素材が使われているかまで。壁を叩いて木工なのか鉄骨なのか確かめたり試合を全然観ないで裏方のスタッフの動きばかりを見たりしているので、非常に怪しい客だったと思います。

 

それまでも少しずつ策をトライしていたのですが、去年の始めにホームゲームの来場者を500人から5,000人にするための取り組みをまとめた「5,000人プラン」を作りました。5,000人は大袈裟ですが、約2,500人入るウィングアリーナ刈谷を埋めたいというのが本音の目標でした。トヨタ車体はエンタメの会社ではありませんし、ハンドボールの運営スタッフは僕も入れて4~5人なので、川合、鈴木、上田は本当に大変だったと思います。

 

上田:お客さまに対しては22-23シーズンからはほぼ毎試合来場者アンケートを取り、何を求めてホームゲームにきてくださっているのか、トライしてみたことが受け入れられているのか、どこを改善してほしいと期待しているのかを、リサーチしています。

 

カラーを統一しブランディング創りを進めているホームゲーム

 

 

「かっこいい」と「やさしい」でファンの心を掴む

 

―お客さまに喜んでもらうための具体的な取り組みを教えてください。

 

川合:アンケートの結果、予想以上に女性のお客さまが多いことに驚きました。そこで、ポスターや映像など選手のかっこよさを全面に出した、女心をくすぐるPRを展開していきました。チームカラーでもある赤と黒をブランドカラーにして、会場の装飾やグッズもおしゃれでかっこいいものに統一しました。

「かっこいい」をテーマにブランディングを進める中で、選手の私服の写真を撮ってみたら、思いの外かっこよいものになったというような、私たちの中での発見もありました。ややミーハー目線ではあるのですが、「推し」選手をたくさん作ってもらえたら、選手も嬉しいでしょうし、私も楽しいので、誰かのファンになってもらいたいと思いながら進めてきました。

 

伊藤:推し選手をもっと応援してもらうためグッズも選手のネーム入りタオルなど「個」のものを増やしました。今シーズンは選手一人一人のリール動画も作ってSNSで流しているのですが、ファンの方にもとても喜んでいただけています。

 

上田:アンケートでも選手のファンサービスがとてもやさしいという声を多くいただきます。

 

距離感の近さが好評。ファンの反応が伝わってくるのは選手にとってもうれしい

 

伊藤:うちの選手は本当にファンサービスに協力的で、練習や試合後で疲れていても嫌な顔ひとつしません。サイン会などのイベントでは、お客さまが揃ってから選手が迎えられるというのが普通だと思うのですが、うちの選手はお客さまより前に来て準備しているときもあるくらい、ファンサービスを大事にしてくれています。

 

川合:以前、試合後のサイン会に選手がすごく遅れて、伊藤さんがスタッフに激怒したからですよ。

 

伊藤:せっかく苦労して集客しているのに、イベントでお客さまをお待たせして、そこに不満を感じてしまったら二度と来てもらえません。お客さまに気持ちよく帰っていただくためには、一つ一つのことを大切にしなければならないと分かってもらいたかったので厳しく言いました。今はその考えが全員に浸透していると思います。

 

上田:次もまた来たいと思っていただきたいので、アンケートでの厳しい声は可能な限り次の試合までに対応するようにしています。例えば、「会場の案内が分かりにくい」「会場の音量が大きい、小さい」など、毎試合改善を繰り返してきました。

アンケートを重ねながらこうしたファンサービスを創り上げてきた

 

―トライして改善する、を繰り返した結果、2月18日にウィングアリーナ刈谷で開催された大同特殊鋼戦は、約1,800名の観客が入り、立ち見も出るほど盛り上がりました。

 

伊藤:試合後の選手がサインボールを投げ込んでいるときに、スタンドのたくさんのお客さまが推し選手のネームタオルを振っている光景を見て、川合さんと「目指していた光景になってきたね」と話をしました。選手、チームスタッフ、運営スタッフ全員が頑張ってきた結果であり、「ようやくここまできたか」と感動しました。

 

川合:満員のアリーナが目標と言ってはみたものの、もっと先だと思っていたので、本当にうれしかったですね。

VIP席も、企画した当初は売れなかったらどうしようという悩みがありました。それが今回は発売3分で完売。買えなかったお客さまがSNSなどで残念がっているという、私たちが想定していなかった新たな悩みが生まれています。

 

コート間近で迫力が魅力のVIP席はリピーターも多い

 

―VIPシートはいつから始めたのですか?

 

伊藤:昨シーズン、試合前のコートサイドでウォーミングアップの様子を見られる「激感エリア」を試しに作りました。それが思いのほか好評で、間近で選手を見たいというニーズがあることが分かりました。そこで、コートサイドの席を40席販売することにしたのですが、正直お金を払ってまで見てもらえるかには自信がなかったです。

 

上田:シーズンの前半戦は1席、2席売れ残っていました。今ではVIPエリアが即完売するだけではなく、定価で一般席チケットを買ってくださる方が2倍になりました。

 

メンバーのアイデアで実現した高揚感を高めるゲート

 

―ウィングアリーナ刈谷での試合は、入り口までアプローチにカッコいいゲートとレッドカーペットで非日常へ誘ってくれるような演出がされていて、感動しました。

 

鈴木:いつもと違う非日常感の景色にしてお客様をびっくりさせたいとゲートを作ったのですが、皆さんが非常に喜んでくださいました。手間がかかるらしく職人さん泣かせでしたがチャレンジしてよかったと思っています。

 

―選手入場時の映像や花火の演出には多くのお客さまから「すごい!」という歓声が上がっていましたし、選手も驚いていました。

 

伊藤:選手には事前に伝えていなかったので、驚いていたようです。

 

緻密なタイムコントロールが必要で伊藤を悩ませた演出は無事成功

 

上田:あの日のアンケートは、選手入場の映像がすごくよかったとか演出についての良い意見ばかりでした。選手からも「最高だった」「気持ちよかった」「やる気が出た」と言われましたね。ホームゲームの前日はいつも、「お客さまが来てくださるだろうか」「準備が足りずお客さまからお叱りを受けないか」と不安で眠れないのですが、2,000人の光景を見て今までの苦労が吹っ飛びました。実はもう一つ、個人的なことですが、あの試合でとても嬉しいことがありました。刈谷大会の前に入籍をしたのですが、リハーサルの時にビジョンにサプライズでお祝い映像が流れ、人事室の運営スタッフの仲間や門山哲也チームディレクターがプレゼントをしてくださいました。試合の準備で忙しい中で、このような機会を作ってくださったことに感謝していますし、それを見ていた大同特殊鋼の選手から「選手と運営スタッフの距離が近くていいね」と言っていただいたことも嬉しかったです。

 

 

ホームゲームのファンサービスでもNo.1を目指す

 

伊藤:でもまだまだ道半ばです。僕は、チケットを買って観にきていただけるお客さまで毎試合ホームゲームを満員にしたい。この2年間はとにかく認知を上げたいと積極的に子どもたちの招待を行ったりリピーターになってもらえるようなイベント企画をしたりという種まきをしてきました。来シーズン以降は、その種からたくさんの花が咲けばいいなと願っています。

 

上田:例えばバスケットボールのシーホース三河さんやバレーボールのジェイテクトSTINGSさんはチケットが争奪戦だと聞きます。チケットが買えないくらいの人気がハンドボールにも出るといいなと思います。

 

川合:選手も変わってきましたが、私たち運営スタッフのマインドもこの2年で大きく変化しました。以前は伊藤さんの方針に応えるという「待ちの姿勢」だったのですが、自分が考えたことが形になると楽しくて、どんどん自分たちから提案していこうという気持ちに変わってきています。私たち自身もスキルを磨いて成長してきています。

 

伊藤:川合さんたちから、お客さまに喜んでもらうためにこれをやりたいというアイデアがたくさん出てきます。我々がやっているイベントなどはこうやって全て自分たちで考えて試行錯誤しながらやっています。協力会社に企画をしてもらうことはしていません。この手作り感は絶対に大切にしなければならないと思っていて、愛情のあるアリーナにしていきたいという考えを基軸としています。たった4~5人で、しかも女子バレーボール部クインシーズの運営も掛け持ちでやっている小さな所帯ですが、川合さんや上田さんらのもの凄いパワーと頑張り、チームワークがプロジェクトを支えてくれています。

 

「勝てるアリーナを作りたい」と始めたプロジェクトですが、この2年間で「お客さまに楽しんで帰っていただきたい」と方針が変わってきました。

今、チームは1位、2位をずっと走り続けてくれています。チームが日本のハンドボールを引っ張っていく自負をもって一生懸命取り組んでくれているように、我々もホームゲーム運営の面でNO.1になってハンドボール界を牽引していきたいと考えています。

世の中にたくさんの余暇を楽しむものがあります。その中からご家族や友人同士で今日はブレイヴキングスの試合を観に行こうと選んでいただけるような会話が自然と生まれる日常を作りたいと思っています。

ハンドボールは本当に観ていて楽しいスポーツです。もっとたくさんの方にハンドボール、ブレイヴキングスの試合に来ていただけるよう取り組んでいきたいと思います。

 

こちらもあわせてご覧ください

トヨタ車体ブレイヴキングス ホームゲームレポート

 

発行/2024年3月
取材・文/山田智子

2024/03/29

【BACKYARD BRAVEKINGS#4】コートサイドMC 川道良明さんインタビュー

いつもトヨタ車体ブレイヴキングスへご声援いただきありがとうございます。
トヨタ車体ブレイヴキングスのメンバーがとる行動や想いの背景、裏側、バッググラウンドを、ファンの皆さんに深く知っていただけるよう、インタビューやコラムで掘り下げてご紹介していきます。

 

 

トンがった髪型にハーフパンツがトレードマーク。2020-21シーズンからコートサイドMCを務める川道良明さんは、選手がコートで生み出す熱狂を「声」で最高潮まで高める。川道さんがコートサイドMCとしての心構えや目指すアリーナ像などについてたっぷりとお話をうかがった。

 

“異次元”のプレーに感動。初めて見た日からハンドボールの虜に

 

―川道さんが務める「コートサイドMC」とは、どのようなお仕事ですか。

 

川道さん:コートサイドMCには大きく2つの側面があります。1つめは、観戦に際しての注意事項やおすすめのイベントを伝えたり、選手の名前や背番号、ハンドボールのルールを説明したりするアナウンサー的な役割です。試合前やハーフタイムのイベントの進行役を務めることもあります。もう一つは、応援の先導役となって、ファンの方と一緒にアリーナを盛り上げる役割です。

 

―今回のインタビューにあたり、川道さんにも注目しながらホームゲームを拝見しました。選手紹介一つとっても、相手チームとブレイヴキングスでは声の大きさや語尾の伸ばし方を変えるなど細かな技があって、さすがプロだなと感心しました。声で会場を盛り上げるために意識していることはありますか。

 

川道さん:ブレイヴキングスを盛り上げたいという気持ちが強いので、ブレイヴキングスの選手紹介や「ゴーーール!」の声はフルパワーでコールします。一方で相手チームへのリスペクトも欠きたくはありません。そのバランスを大事にしています。
選手紹介は、語尾をパシっと切った方がかっこいいのか、伸ばした方が盛り上がりそうなのか、名前によって変えたり、選手がコートに入ってくるスピードによっても変化させたりしています。毎回来られるお客さまの中には、「今日、語尾を少し変えていたね」と気づいてくださる方もいてうれしいです。
選手入場の曲がかかると、それが僕にとってもスイッチになります。曲に合わせてカチッと自分の中のボルテージが上がります。選手にとっても入場曲とコールが戦闘モードに変わるスイッチになればいいなと思っています。

 

―川道さんはどのような経緯でトヨタ車体ブレイヴキングスのコートサイドMCになられたのでしょうか。

 

川道さん:僕は15年ほどラジオのパーソナリティを続けています。元々はラジオの裏方でしたが、携わっていた番組にキャラクターとして出演する機会があって、とても楽しかったんです。先輩ディレクターにも背中を押してもらい、MCの道に入りました。その時まですっかり忘れていたのですが、小学校の時に放送委員としてお昼休みにしゃべっていたことがあり、昔から人前で話すことが好きだったのかもしれません。
2015年からサッカーのスタジアムDJを務めることになり、2020-21シーズンからはトヨタ車体ブレイヴキングスのコートサイドMCも担当させていただいています。

 

―ハンドボールの経験はありますか。

 

川道さん:僕の通った小中高、専門学校にはいずれもハンドボール部がなかったので、ハンドボールに触れる機会は体力測定のハンドボール投げだけ。全くハンドボールとの縁がありませんでした。
初めて試合を見た時、目の前で起こることの何もかもが異次元で信じられませんでした。ものすごく高いジャンプをしてシュートを打つ。それをキーパーが至近距離で止める。攻守の切り替えもスピーディーで、他のスポーツなら一発でレッドカードが出るくらいコンタクトが激しい。これまでサッカーやバレー、バスケなど色々なスポーツを見てきましたが、ハンドボールの選手は飛び抜けて身体能力が高くて、強い。すっかりハマってしまい、「ハンドボール、すごい!」「想像の10倍はおもしろいから、一度観にきて」と周りに言い続けています。
経験がない分、乾っからのスポンジのようにどんどん吸収できました。選手はもちろん、レフェリーの人を見ても楽しいですし、ルールを覚えるにつれて面白さが増してきました。だから初めて観戦される方がどんなところに分かりにくさを感じるか、どうしたらもっと楽しんでいただけるか、自分の経験から考えることができます。それはコートサイドMCとしての僕の強みかもしれません。

 

―試合中に丁寧なルール解説をしているのは、そうした背景もあってのことなんですね。

 

川道さん:「今なんで笛が鳴ったの?」ということが、徐々にわかるようになればハンドボールをより深く楽しめます。
例えば、試合中に汗が床に落ちた時にはモッパーがコート整備をしますが、汗がコートに落ちていると選手が転びやすくなってしまうという理由を知らなければ、お客さまにとってはただの待ち時間になってしまいます。そういう時間を利用して、少しでもハンドボールへの知識を深めてもらえればと思って、話すようにしています。

 

ラジオの生放送の経験がスポーツの現場で生きる

 

―ラジオとスポーツの現場ではどのような違いがありますか。

 

川道さん:ラジオのパーソナリティはスポーツのMCに向いていると思います。ラジオの生放送は、その日のテーマやおおよその流れは決まっているのですが、視聴者からどんなメールやSNSのメッセージが届くかわかりませんし、途中でニュースが飛び込んでくることもあります。そのようなアクシデントを数多く経験したことが、試合の展開やお客さまの盛り上がり方よって臨機応変な対応を求められるスポーツの現場で生かされています。
一番の違いは、直接お客さまのお顔を見て話すところです。キャーと歓声が上がったり、手を叩いて喜んでくれたりとリアクションを目の前で見ることができます。自分の声がちゃんと届いている実感があって、うれしくなりますね。放送席にいるときもそうですが、特にお客さまの近くに行く際は、一人ひとりと目を合わせて話すようにしています。

 

 

―そのほかに会場の空気を作るために心がけていることはありますか。

 

川道さん:例えば大差でリードしている試合は、お客さまに少し余裕が出てきてしまいます。そういう会場の雰囲気は選手にも伝わりますので、「最後の1分、1秒まで何が起こるかわからないので、応援してください」と会場を引き締めるようにしています。
また、ミスが続いてチームの雰囲気が悪くなっている時には、攻守が変わるタイミングで「切り替えて!」とお客さんに言うふりをして、選手にメッセージを送ることもあります。

 

―ナイターゲームの時に光るメガネをかけられていましたが、ホームゲームの演出にはどれくらいかかわっているのですか。

 

川道さん:演出に関しては、トヨタ車体の人事部の皆さんが考えて進めています。そこに川道良明にしかできない味付けをしていきたいと考えています。
11月の大崎電気戦は18時試合開始で、「ナイトフィーバー」がテーマでした。会場にはミラーボールの装飾がされ、音楽もディスコ調のものが多いと聞いていたので、前日に慌ててパーティーグッズを探しにいきました。別のナイターの日には、ブラックライトに反応するスプレーで髪の毛を染めたこともあります。

 

―これまでに印象に残っている試合を教えてください。

 

川道さん:素晴らしい得点シーン、すごく感動した試合にも数多くありますが、忘れられないのはコロナ禍の無観客試合です。選手を鼓舞しようと「ディフェンス、ディフェンス」とか声を出すのですが、どこからもリアクションが返ってこない。ハンドボールの花形であるスカイプレーや劇的な逆転劇があっても、全く盛り上がらない。お客さまがいたら、ここで会場がワーっと歓声が上がって、応援の声で選手たちを勢いづけられるのにと悔しくて悔しくて。会場にお客さまの声が戻ってきたときは、本当にうれしかったです。

 

選手の背中を押せる、熱いアリーナを作りたい

 

―今シーズンのトヨタ車体ブレイヴキングスは13勝1敗(1月21日現在)で首位と好調です。放送席から見ていてどのような変化を感じますか?

 

川道さん:昨シーズン、最後の最後で勝てなかったという悔しさがあり、優勝に向けた思いがさらに一段階強くなった印象を受けます。昨シーズンのプレーオフファイナルを現地で観ていたのですが、僕でさえすごく悔しかったので、選手はもっと悔しかったに違いありません。今シーズンはヘッドコーチが変わったことに加えて、優勝という明確な目標に向かってチームがまとまっていることで選手一人ひとりのポテンシャルが引き出されているように思います。
選手の、そして応援しているファンの悔しい顔はこれ以上見たくありません。今シーズンは笑顔で終わりたいです。

 

 


―川道さんにとって、理想のアリーナとは?

 

川道さん:男子日本代表がオリンピック出場を勝ち取ったことでハンドボールへの注目度が上がり、お客さまも少しずつ増えています。でもハンドボールのお客さまはどちらかというと、試合にグッと入り込んで観ている方が多く、おとなしい印象を受けます。だからワーっと大声を出したり、悔しがったり、チームへの愛情表現をもっとストレートに出してほしいと思います。
苦しい時に、選手の足をあと一歩前に出させるのは応援してくれるファンの声です。僕もその一端を担っていきたい。お客さまと一緒に最高に盛り上がったアリーナを作り、選手を後押しして、チームの勝利に貢献したいです。

 

発行/2024年2月
取材・文/山田智子

2024/02/03

【BACKYARD BRAVEKINGS#3】渡部仁選手インタビュー

いつもトヨタ車体ブレイヴキングスへご声援いただきありがとうございます。

トヨタ車体ブレイヴキングスのメンバーがとる行動や想いの背景、裏側、バッググラウンドを、ファンの皆さんに深く知っていただけるよう、インタービューやコラムで掘り下げてご紹介していきます。

 

 

36年ぶりに自力でオリンピックの切符を勝ち取ったハンドボール男子代表「彗星ジャパン」。10年近く日本代表の中心選手として活躍し、歴史的快挙達成に貢献した渡部仁選手は、アジアを代表するライトバックとして今なお進化を続けている。

今回は渡部選手のインタビューに加えて、北詰選手からも渡部選手のすごさを聞いた。

 

入団時から鍛え続けたフィジカルが武器

 

―11月25日の大崎電気戦で通算800得点を達成されました。

渡部選手:2011年の入団当初は、ポジションも今とは違うライトウィング(RW)でしたし、800得点を達成できるとは全く想像していませんでした。自分はスタープレーヤーではないと思っているので、まずは試合に出る、次は新人賞を取る、個人タイトルを取る、日本代表になるというように、目標を一つひとつ着実にクリアすることでステップアップし、ここまで来たという感覚です。

 

―RWからライトバック(RB)へコンバートしたのはいつ、どのようなきっかけだったのでしょうか。

 

渡部選手:日本代表のヘッドコーチがダグル・シグルドソンさんに代わって少し経った頃なので、3〜4年前。たしかヨーロッパ遠征の直前の合宿だったと思います。練習中にRBの選手が怪我をして、急遽RBを紅白戦でやることになりました。そこで評価されて、ヨーロッパ遠征中もRBとしてプレーしました。

 

―RWとRBではかなり役割が違いますが、すぐに順応できるものなのでしょうか。

 

渡部選手:大学2年生までRBをやっていたので、全く初めてというわけではなく、プレーに関してはそこまでギャップは感じませんでした。ただ大学と日本代表では求められるレベルが格段に違うので、自分としては評価されるほどのプレーではなかったと思っています。

 

―RBにコンバートして、苦労したことはありましたか。

 

渡部選手:RWはディフェンスの時に相手のエースとマッチアップをしなければなりません。僕は身長が183cmなのですが、日本代表でも平均以下、海外だとほとんどの選手が自分より大きい。この身長で戦うために色々な工夫をしてきました。

 

―“工夫”についてもう少し詳しく聞かせてください。

 

渡部選手:フィジカルを鍛えて、コンタクトで負けないことです。U21代表として国際試合を経験して以来ずっとテーマにしています。フィジカルトレーニングを10年以上続けてきて、ようやく最近「アジアでは負けない」と感じられるようになりました。

 

―体重が100kgあると聞いて、大変驚きました。その体重であれだけ俊敏に動ける選手を他にあまり見たことがないので。

 

渡部選手:「100kgの人の動きではないですね」と良く言われます。

 

身体はただ大きくすればいいというわけではありません。僕も大学から社会人になったときに、みっちりとウエートトレーニングをして2、3ヶ月で80kgから93kgまで増やしたのですが、あまりに急激に増やしたせいで、全く動けなくなってしまった経験があります。

そこでフィジカルコーチやアスレティックトレーナーから姿勢や身体の使い方について聞いたりしながら、自分なりに工夫して、段階的、継続的に取り組んできました。後輩の川﨑駿選手もウエートトレーニングの知識が豊富なので、話を聞きながら一緒にトレーニングしています。

 

―「渡部塾」と呼ばれているそうですね。

 

渡部選手:僕は元々身体能力が高かったわけではありません。トレーニングによって、ジャンプ力、パワーやスピード系の数値を上げて後天的に手に入れたタイプです。だから今のキツいトレーニングの成果が、1年後、2年後、10年後必ず出てくると信じています。川﨑選手、最近は北詰明未選手なども一緒にやるようになっているんですけど、若い選手には半ば強制的に取り組ませています。

 

さらに強いチームになるためには、意見をぶつけ合う風土が必要

 

―今年3月~5月にクウェートリーグのAl Qadsiaへの短期移籍を経験しました。そこでもセルビア人の監督が渡部選手のフィジカルを高く評価していたと聞きました。

 

渡部選手:チームメイトにはクウェート代表選手が多くいましたが、その中でも継続して取り組んできたフィジカルトレーニングは自分の一番の武器であると自信を深めることができました。

 

―他にクウェート移籍で得たものはありますか。

 

渡部選手:初めてプロ選手としてプレーし、試合で結果を残す重要性を痛感しました。
ある試合で得点は1点にとどまったものの、10アシストくらいしたことがあったんですね。僕としては周りを生かして、チームの勝利に貢献できた手応えがあったのですが、オーナーから「お前の役割は点を取ること。3日後の試合でも点を取れなかったら、日本行きのチケットを用意しておく」と激怒されました。ああ、これがプロの世界かと。
次の試合はとにかくシュートを打ちまくって、チームで最も点を取ったんです。でも外したシュートも多かったし、アシストは0だったので、自分としては満足度が高くなかった。でも試合後ロッカールームに入ってきたオーナーが「これこそ俺がお前に求めていたことだ」とがっちりと手を握ってきて。いまいち納得はいかないですけど、このチームで評価されるためには得点を取らなければいけない。プロとは、勝つこと、点を取ることといった結果だけを評価される厳しい世界だと思い知りました。

 

―全員が自分の結果を求めすぎると、チームのバランスが崩れそうな気もします。

 

渡部選手:他にフリーの選手がいるのに僕が無理にシュートを打ったとき、日本であれば「今、空いてたよ」くらいで終わるんですけど、クウェートでは「なんでパスしないんだ。俺のシュートチャンスを奪うな」と怒鳴り合いになります。みんな生き残るために必死なんです。
練習中もチームメイト同士で殴り合い寸前の喧嘩が見られます。チームメイトも止めずに、「あれも必要なことだから」と見ています。極論で言えば、仲が悪いけど舞台に立つと面白いお笑い芸人のように、勝つという同じ目標を向いていればいいということなんですね。
コートの上では先輩後輩は関係ないと言いますが、やはり日本人はどこか遠慮してしまうところがあります。日本代表は海外でのプレーする選手が増えてきたので、自分の思っていることを言い合う風土ができつつある。ここ数年で代表が急成長したのはそういう要因もあると思っています。
だからトヨタ車体でもそういう環境を根付かせたい。僕は今33歳でチームでは上から3番目なのですが、若い選手には殻を打ち破って、いつでも我慢せずに言ってきてほしい。その方が僕自身も成長できますから。

 

豊田合成戦の負けを活用して、二冠を達成する

 

―今シーズンは三冠を目指していましたが、昨日の日本選手権では惜しくも準優勝でした


渡部選手:今の気持ちは、悔しいという言葉しか出てきません。リーグ戦も日本選手権決勝も豊田合成相手に1点差で負けてしまった。基礎基本の大切さを痛感させられました。ミスが多いと相手にもチャンスを与えることになってします。
個人目標では、シュートミスゼロ、テクニカルミスゼロ、ディフェンスももちろんしっかり当たるということを取り組んでいますが、満足いくものではなかった。まだまだ改善の余地があり、伸びしろがあると思っています。

 

―とはいっても、社会人選手権でも優勝、リーグ戦では13勝1敗で首位と好調です。その要因をどのように捉えていますか。

 

渡部選手:確かに結果を残せていますけど、日本選手権は優勝を逃しましたし、僕としては手応えを感じていません。この感覚を言葉で説明するのは難しいのですが……。例えば、リーグ戦では次の試合に向けて一週間準備して臨みますが、万全だと思えることが少ないんです。「これでいいのかな」と確信を持てないまま試合に入って、結果的には勝利できている。
なぜなんだろう、とずっと考えていたのですが、紅白戦のときのBチームのレベルが高いことが一因ではないかと分析しています。紅白戦ではBチームが次の対戦相手がやってくるであろう攻撃や守備を再現します。先日もすごく走ってくるチームで、練習では全く守れなくて、大丈夫かなと思っていたのですが、試合が始まったら、「あれ、Bチームより遅いぞ」と拍子抜けしたというか。手応えは感じていなかったものの、実際には対策ができていたんですね。レベルの高い選手同士で練習ができていることで、このような現象が起きているのだと思います。
もちろんBチームで満足する選手はいません。競争が激しく、切磋琢磨し合えているのが良い結果につながっていると感じています。

 

豊田合成戦の負けを、各選手がどう捉えるかがすごく大事です。負けを活用するというか、この負けがあったからよかったと言えるシーズンにしたい。
もちろん本音は、負けなしで終わりたかったです。でも良くなかった部分が明確で、対策・改善できる負けだったので、これをチャンスに変えていくしかない。

 

―良くなかった部分、対策・改善すべき点とは?

 

渡部選手:常々ラース・ウェルダーヘッドコーチから言われているのですが、12月2日の豊田合成戦は前半後半のスタートの10分が良くなかったことと、シュートミスではないミス、例えばキャッチミスやパスミスが相手の2倍多かった。それでは勝てない。パスは基本中の基本。もう一度一人ひとりが基本を徹底し直さなければいけないと思います。

 

―最後にファンの方へのメッセージをお願いします。

 

渡部選手:ちょうどシーズンも折り返しですが、後半のチームの最大の目標は日本リーグ優勝を達成すること。そのためには応援してくださる方の力が不可欠です。可能な限り会場に来て、僕たちの背中を押していただけるとうれしいです。
個人的には、日本代表はパリ五輪の出場を勝ち取りましたが、まだメンバーに選ばれたわけではない。メンバー争いを勝ち抜けるよう、一日一日、一試合一試合成長していきたいです。

 

インタビュー中、最近「渡部塾」に入塾したというセンターバックの北詰選手が通りかかったので、渡部選手について話を聞いてみました。

 

―渡部選手はチームにとってどのような存在ですか。

 

北詰選手:ここぞという時にしっかり仕事をしてくれる左のエース。頼もしい先輩であり、目標とすべき存在です。アジアでもトップレベルのフィジカルを持っていて、その武器を生かしたプレーが非常に勉強になります。

ハンドボールの練習が夕方5時くらいに終わるのですが、それから8、9時くらいまで居残ってフィジカルトレーニングをしていて、チームのフィジカルレベルが仁さんのおかげで底上げされています。

最近僕も同じグループでトレーニングをしているのですが、ついていくだけで精一杯です。でもトレーニングを始めてから当たり負けしなくなったし、体の軸がしっかりしたので以前よりシュートの精度が上がった実感があります。

ハンドボール以外の部分で言うと、少しやんちゃですね。しょっちゅう誰かにちょっかいを出しています。人と接するのが好きで、よく人を観察している。チーム全体を俯瞰して見ていて、練習前にちょっとふざけたりしてチームを明るくするようなムードメーカーの一面もあります。僕もいじられることが日常茶飯事です。

 

―CBの北詰選手から見たRBの渡部選手はどんなプレーヤーですか。

 

北詰選手:自分の強みを理解していて、チームの方針に則ったプレーを基盤にしながらも、そこにプラスアルファでオリジナリティを出している。得点が取れないときなどに、プレーに少しアレンジを加えて、「えっ、そこから打っちゃうの?」みたいなシュートを決めてくれるので、僕としては「ありがとうございます」みたいな感じですね。

(大崎電気戦での)スカイプレーも元々そういうプレーを用意していたわけではなく、試合中に僕が「次、ちょっとやってみましょう」と耳打ちしてやりました。仁さんはそういうときにも臨機応変に対応できるのがすごい。他の選手だとおそらくできないです。経験もありますけど、型に囚われすぎない柔軟性やユーモアみたいなものがあるからできるのだと思います。最初にも言ったんですけど、ほんと頼りにしています。

 

 

発行/2023年12月
取材・文/山田智子

2023/12/18

【BACKYARD BRAVEKINGS#2】玉城慶也選手インタビュー

いつもトヨタ車体ブレイヴキングスへご声援いただきありがとうございます。

トヨタ車体ブレイヴキングスのメンバーがとる行動や想いの背景、裏側、バッググラウンドを、ファンの皆さんに深く知っていただけるよう、インタービューやコラムで掘り下げてご紹介していきます。

 

 

今シーズンよりキャプテンに就任した玉城慶也選手。小学校、中学、高校、大学と全てのチームでキャプテンを務め、ラース・ウェルダーヘッドコーチ(以下、ラースHC)からの信頼も厚い玉城選手は、どのようにチームをまとめていこうとしているのか。今季の意気込み、チームへの思いを聞いた。

 

キャプテンらしいキャプテンではなく、楽しみたい派。

 

―今季よりキャプテンを任されました。ラースヘッドコーチ(HC)からキャプテンの指名を受けた時はどのような気持ちでしたか。

 

玉城選手:うれしい気持ちもあり、これからどうしていこうかなと考えました。実は3年目の時に一度キャプテンの打診を受けているのですが、その時はあまり試合に出られていなかったので断りました。今もそこまで出られてはいないのですが、30代になりましたし、HCが変わった中で、しかも外国人コーチからキャプテンに任命されるのは本当に光栄なことだと感じたので引き受けました。

 

―ラースHCにお話を伺った際、「玉城選手は人を繋ぐことに長けていて、コート内で起こっている些細な出来事にも全て目を配ることができます。リーダーとしての資質がとてもある選手ですので、キャプテンを任せました」と玉城選手のリーダーシップを高く評価していました。

 

玉城選手:僕は小学校2年生のときにハンドボールを始めたのですが、小学校、中学、高校、大学とずっとキャプテンをやってきました。でもいわゆるリーダーシップがあると言われるような、引っ張っていくタイプではないんです。あまり目立つことが好きではなくて、こういう取材も苦手です(笑)。どちらかというと、昨シーズンまでキャプテンだった杉岡(尚樹)の方がキャプテンらしいキャプテン。僕は『頑張って引っ張らないと』と気負ってしまうと、楽しめなくなってしまうタイプなんです。
高校3年生の時に、地元沖縄でインターハイがあって、小学校の頃からずっと期待され続けていました。しかもその前年度に優勝していて連覇のプレッシャーも掛かっていました。キャプテンとして期待を集める中でキャプテンとしてチームを引っ張ることがメンタル的に辛くなってしまった経験があるので、それ以降は自分自身が楽しんで、自由にやるようにしています。小さいことから楽しむことしか考えていませんし、キャプテンとして特別なことはしていないです。

 

声かけのタイミングを変えたことが、優勝につながった

 

―自分自身が楽しむ中でも、キャプテンとして心掛けていることはありますか。

 

玉城選手:ラースHCからはしっかりチームをまとめてほしいと言われていますが、このチームはトップ選手が集まっているので、あえて言わなくてもそれぞれがしっかりと行動できる。
ただ、コミュニケーションを多く取れるような環境にする、という部分に関しては、初めての外国籍監督ということもありますので、今年はこれまで以上に重要視しています。特に若い選手が何でも話せる雰囲気が大事だと思うので、ネガティブなことを言わないように心がけています。プレーで合わないところがあった場合も、「なんでそんなプレーをしたんだ」と否定するのではなく、「なぜそのプレーを選択したの?」と考えを聞く方が僕は好きなんです。もちろんチームルールを守っていない時には言わなければいけませんが、センターというポジション柄、各選手の特徴を捉えて、自分がどのように彼らの役に立てるかを考えるのが仕事だと思っているので、そういう考えになるのではないでしょうか。
あとは、両親が二人とも教師で、時々仕事場に一緒に行くことあって、相談される背中を見ていた影響もあるかもしれません。

 

―コミュニケーションを増やすために、例えば選手ミーティングを増やすなど、具体的に変えた点はありますか。

 

玉城選手:練習中に声をかけるようにしています。僕は練習後にまとめてミーティングで話すのではタイミング的に遅いと思っているので、その瞬間瞬間に気づいたことを伝えるにしています。
その成果が出たのが社会人選手権です。大会の2週間くらい前から、気づいた時にすぐに声をかけるようにしていったのですが、それが他の選手にも徐々に浸透して、大会中は選手同士で声を掛け合うシーンが増えていきました。その流れで優勝できたというのもあるのではないかと思っています。
休憩の時や練習後にしゃべることはだれにでもできます。でもプレー中に、覚えている間にどれだけコミュニケーションを取るかが重要。これまではできるのにやっていなかった。非常にもったいなかったと気がつきました。だから今もその部分は意識していますし、これを習慣化していきたいと考えています。

 

悪い時こそ、キャプテンとしての役割が必要

 

―キャプテンとしてチームに加えていきたい“スパイス”はありますか。

 

玉城選手:このチームは一人一人が個性的なスパイスなので、加えるというより、まとめる方が大変ですね。
基本的に僕はポジティブな性格なのですが、その反面、チームとしてのリスクマネジメントは常に考えています。特に社会人選手権で優勝して、リーグも前半戦は全勝している。ネガティブなことはあまり考えたくないですが、今のところ負けた経験がないので、その時にどうなるのか見えていない怖さはあります。負けた時にしっかり切り替えられるチームでないとリーグ戦では厳しい。悪い状況の時こそチームがバラバラにならないように、キャプテンとしての役割を果たす必要が出てくるかもしれません。

 

―このチームでキャプテンをする難しさはどんなところに感じていますか。

 

玉城選手:このチームは、他のチームに行けばスタートで出られるメンバーが揃っています。大学まではずっとスタートで出てきた選手ばかりなので、どう気持ちに折り合いをつけるかは難しい。特に若い時は出たいのに出られないと、気持ちが折れてしまう。試合に出られない選手の気持ちをいかに落とさないかは、チームをまとめる上で難しいところです。
僕は比較的自分を客観視できるタイプで、「今は自分のコンディショニングが悪いから出られないんだな」と自分で冷静に分析できる。出たいけど出られなくて、悩んで、やる気をなくすのは、非常にもったいない時間を過ごしている。技術や体力は高めるのに時間がかかりますが、気持ちなんて一瞬で変わるし、気持ちが変われば結果はおのずと出てくる。2、3年目の選手から個人的に相談されることもあるのですが、ラースHCからも誰かが遅れていくなら引っ張っていけるようなチームづくりをしてほしいとは言われています。

 

―スタートで出られない選手のフォローという意味では、交代を待つ選手に声をかけに行っているのが印象的でした。

 

玉城選手:代表選手も多く、経験がある選手が多いんですけど、それでもどうしても途中から出る選手は変な力が入ってしまう。一声かけることで、気持ちが楽になって、しっかり頭を整理して試合に入れるようにと思っています。
途中出場は、スタートで出るより難しいんです。スタメンの場合は0対0から始まるので、流れにも乗りやすし、悪かったら自分が悪かったと受け止めることもできる。途中で出る選手は何かしら流れを変えることを期待されていて、悪かったら二重にミスをしたような気持ちになってしまう。だけど、そうした難しい状況でも結果を出さないとスタートにはなれない。だから途中出場の選手が結果を出した時には意識的に良い声かけをするようにはしています。

 

全勝でプレーオフへ、目標は3冠!

 

―社会人選手権、リーグとここまで全勝している。好調の要因はどんなところにあると分析していますか。

 

玉城選手:ラースHCは規律と規範を重んじるので、センターがしっかりと指示を出して統一して攻める。そうすることによって意思統一のミスが減ったことが大きいと思います。だから逆速攻を受ける場面が確実に減っていると思います。
また、今年はさらにディフェンスが良くなったと思います。ディフェンスの要でもある高野(颯太)が、より一層体もできてきて、声を出すようになってきた。さらに3枚目の4人、岡元(竜生)、山田(信也)、(菅野)純平さんが引っ張っていってくれる。
うちはキーパーが3人とも良いので、ディフェンスとの連携がうまく合致した時には5割近くとってくれる。だからそこでも大事になってくるのはコミュニケーションですね。
ただ、ラースHCが目指しているところはもっと先にあると思うので、まだまだだと思っています。

 

―あらためて今シーズンの意気込みをお願いします。

 

玉城選手:前半戦を無敗で終えられたことはチームとして自信になっています。ただまだ豊田合成さんとも対戦していませんし、まずは一周目でチームの力を全部出し切りたい。
欲を言えば、全勝してプレーオフに行き、12月には日本選手権もあるので、最終的な目標である3冠を達成するために、しっかりと準備していきたいです。

 

取材・文/山田智子

2023/10/13

【BACKYARD BRAVEKINGS#1】ラース・ウェルダーヘッドコーチインタビュー

いつもトヨタ車体ブレイヴキングスへご声援いただきありがとうございます。

トヨタ車体ブレイヴキングスのメンバーがとる行動や想いの背景、裏側、バッググラウンドを、ファンの皆さんに深く知っていただけるよう、インタービューやコラムで掘り下げてご紹介していきます。

第一回は今シーズン就任したラース・ウェルダーヘッドコーチにその想いを伺いました。

 

全ての試合に勝つことが目標。そのために、選手全員でチームのために戦う。

 

 

昨シーズン、リーグ制覇にあと一歩のところまで迫ったトヨタ車体ブレイヴキングス。リベンジに燃える今シーズンは、ハンドボール発祥の国・デンマークからベテラン指揮官・ラース・ウェルダー氏を迎えた。欧州9カ国で指導をした日本リーグ男子初の外国人監督は、どのような思いで来日し、ブレイヴキングス、そして日本ハンドボール界に何をもたらそうとしているのか。いよいよ開幕する日本リーグを前に意気込みを聞いた。

 

これまで積み上げてきた土台に、北欧のスタイルを組み合わせる

 

―全日本社会人選手権大会の優勝おめでとうございます。ヘッドコーチに就任して1ヶ月間で、どのようにチームを変化させたのでしょうか。

 

ラース・ウェルダーヘッドコーチ(以下、ラースHC):ありがとうございます。チームのコンセプトは大きく変えていません。昨シーズンまで積み上げてきた優れたところを継続し、細かな部分に少し修正を加えました。具体的にはディフェンスをよりアグレッシブなものに変え、オフェンス面では規律と組織化を導入しました。私はそうした小さな変化の積み重ねこそが大きな変革につながると考えています。

―ラースHCは就任時に「日本のハンドボールの良い部分を取り入れながら、ヨーロッパでのハンドボールを融合させていきたい。その融合は興味深いものになる」とおっしゃっていました。どんな部分に日本の良さを感じていますか。またこのチームにどのようなものをもたらしたいと考えていますか。

 

ラースHC:日本人選手の長所はスピードがあることです。その特徴を引き立てるためにも、私の出身地である北欧の、パスを多用するスタイルを取り入れたいと考えています。

日本とヨーロッパのハンドボールの最も大きな違いは、日本人選手がドリブルを多く使い、人に対して攻撃をするのに対し、ヨーロッパではパスでディフェンスを動かして、チームで作り出したスペースを攻めるという点です。1対1の局面が6つあるのではなく、ボールを持っていない選手が他の選手のためにディフェンスを動かし、6対6のチームで攻めるのです。

私はこのチームに来てからずっと、「ドリブルを最低限しか使わない」「スペースを攻める」「ボールをもらう前に動く」ことを徹底してきました。その上で、「規律をしっかり保つこと」「我慢強く戦うこと」「チームが一つになって戦うこと」が大切だとも伝えてきました。

全日本社会人選手権大会の優勝は、私の哲学を選手が理解し始めた結果だと手応えを感じています。特にポストプレーヤーの得点が増えていることは、彼らのプレーするスペースが増えたことを意味し、我々が取り組んでいることが機能した何よりの証拠です。

ただし、ここはまだスタートです。優勝という結果を出したことで、チームの雰囲気は一段と良くなりました。さらにここから3、4、5、6ヶ月後と、どんどん良いチームになっていくと確信しています。

 

―ラースHCは選手をよく観察し、コミュニケーションを非常に大切にされていると感じます。選手との関係構築において心掛けていることはありますか。

 

ラースHC:コーチの役割は、各選手の能力を最大限に引き出すことです。ですから、日頃から選手がどのような性格で、どのような良さがあって、その能力が試合の中でいかに発揮されるかを見極めなければいけません。そして個々の選手の能力を繋ぎ合わせてチームとして機能させることが重要です。

全日本社会人選手権大会では、毎試合スターターを変更しました。それは全選手に自分がチームの中で重要な存在であるという感覚を持ってもらうためです。スターターを固定すると、試合に出られない選手が疎外感を感じ、自分がチームにいる意味を感じられなくなるという良くない状況が起こります。試合によって出場メンバーが変わることによって、競争が生まれ、選手のモチベーションが上がりますし、出場した選手が活躍すると、チーム全体の士気が上がるという好循環が生まれます。

 

―玉城慶也選手をキャプテンに指名したのは、どのような狙いがありますか。

 

ラースHC:玉城選手は人を繋ぐことに長けていて、コート内で起こっている些細な出来事にも全て目を配ることができます。リーダーとしての資質がとてもある選手ですので、キャプテンを任せました。チーム全員をうまくまとめてくれていると感じています。

 

10年前から日本で指導したいと思っていた

 

―話は前後しますが、ブレイヴキングスからヘッドコーチのオファーを受けた時のお気持ちを聞かせてください。

 

ラースHC:すごく嬉しかったです。10年ほど前に、私がポーランドのクラブにいた時に、日本代表チームと試合をしたことがありました。その選手の中には、門山哲也チームディレクターもいました。その時から、日本人選手はとてもポテンシャルがあり、素晴らしいスポーツ文化を持っていると感じていました。いつか日本で指導してみたいと思っていましたので、決断するまでに時間はかかりませんでした。

日本の文化にも興味を持っています。寿司など日本食はヘルシーでとても好きですし、東京や京都など行ってみたい場所もたくさんあります。

 

―ブレイヴキングスというチームについては、どのような印象をお持ちでしたか。

 

ラースHC:来日する前に映像を観た印象としては、とても質の高いハンドボールができているし、可能性のある選手がたくさんいると感じました。前コーチの指導が良かったんでしょうね。次のステップに進むためのベースが既に整っていましたので、ここでの私の仕事はそれほど難しくないと思いました。

 

―実際に約1ヶ月間指導をしてみて、印象に変化はありましたか。

 

ラースHC:印象は変わりません。むしろ実際に来てからの方が、より難しくないなと感じています。選手たちがハンドボールについてとてもよく理解していることが分かったので。

もちろんまだミスがありますし、新しく取り組んでいることが浸透するまでには時間がかかります。私の恩師であり、最も尊敬している指導者のケント・ハリー・アンダーソン氏が「何かを変える時には、積み上げるのに1年はかかると言っていました。その間に、良くなる時もあれば、悪くなる時もあります。アップダウンを繰り返しながら、右肩上がりに成長していく。今のところ、計画的に進んでいると感じています。

大事なのは、選手全員がチームで戦うという哲学を理解していることです。選手はとても前向きに取り組んでおり、日に日に成長しているのが目に見えて分かります。チーム全員がとても充実した時間を過ごせています。

 

―ラースHCの就任は、ブレイヴキングスだけでなく、日本のハンドボール界にも大きな意味があることだと感じています。

 

ラースHC:そうなれるといいなと私も思います。日本のハンドボールはこの10年間で正しい方向に進んできています。非常に将来性を感じますが、一方で変えた方がもっと良くなると感じる部分もあります。外から来た人間だからこそ、変えられることもあると思っています。

一例を挙げれば、ヨーロッパでは多くの選手が18歳からハンドボールのプロ選手としてのキャリアをスタートさせています。日本では大半の選手が大学でプレーした後、実業団チームに入団します。もちろん教育を受けるという意味では、大学に行くことはとても大切なことですが、選手として考えると、少しでも早くトップレベルでプレーすることが理想です。

すぐに制度を変えるのは難しいかもしれませんが、大学生が私たちのチームで一緒に練習をしたり、彼らのフィジカルトレーニングをサポートしたり、若い選手に成長する機会を提供できないかと模索しています。

 

―ラースHCが20年以上指導者を続けられてきた中で、最も大切にしてきたことは何でしょうか。

 

ラースHC:やはり勝つということが最も大事だと思います。勝ちたい気持ちは、選手のモチベーションを高めます。

だから、全日本社会人選手権大会で優勝した時、もっと喜ぶべきだと話したんですよ。こんなに素晴らしいことを成し遂げたのだから、その喜びを選手、スタッフだけでなく、社員やファンの人たちと共有し、みんなでお祝いした方がいい。幸せな瞬間は、人生で決して忘れられないものですから。

日本人は真面目で、自分の感情をあまり表に出しませんが、勝った時くらいは自分を解放して喜ばなければいけません。「優勝することはこんなに気持ちのいいことなんだ」「あの喜びをもう一度味わいたい」という感情を持つことが、次の勝利へのモチベーションになるからです。

 

―最後に、今シーズンの目標をお聞かせください。

 

ラースHC:全ての試合に勝つことが目標です。実際に全部勝つことは簡単ではないでしょうが、それを達成できる力を備えているチームだと自信を持っています。全ての試合に勝つという意気込みで臨み、最終的に一つでも多くのタイトルを獲ることを目指しています。

そのためには、ファンの方の応援が不可欠です。全日本社会人選手権大会にも多くのファンが駆けつけてくれました。皆さんの応援の声はフィールドに一人選手が増えるような心強さがあります。良い時も悪い時も、熱い応援で私たちのサポートをよろしくお願いします。

 

取材・文/山田智子

2023/07/02